アエノコト

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アエノコト~節供の饗応・響宴~

日本の伝統を【五感】すべてで味わっていただく、節供の饗応・響宴。

※“アエノコト節供の饗応”は平成28年8月4日の60回目を持って終了致しました。今後は形を変えたアエノコトの宴を予定しております。開催についてはこのホームページ上でお知らせいたします。

アエノコトとは調理された食べ物としての『アエ』を親しい仲間たちと食す小さな単位の『コト』。単に区切りとしての"節句"ではなく"節供"。それまで過ごしてきた『トキ』や『食べ物』への感謝を込めた祭りとして、年に六回、五節供+冬至に開催しております。

自然から乖離した時代を生きている現代人の為に自然を感じ、自然から多くのことを学んで来た先人の知恵を取り入れた饗応料理【味覚】【臭覚】【視覚】や太陽や月の時間を【聴覚】【触覚】から体内に取り入れてもらうために普段あまり馴染みのない雅楽の演奏を聴いていただいております。

また、節供ごとの室礼にも力を入れ、日本古来の節供の意味を【視覚】【臭覚】的に認識していただき、より生きた自然、季節を味わっていただくが故に季節折々の花々や掛け軸にも力を入れております。尚、雅楽や室礼などはその道の達人に用意できる最高のものをご用意いただいております。

アエノコトインタビュー―かぐらかぐらより―

―井戸さんは、毎年旧暦五節句に合わせて、アエノコトというイベントを開催されています。アエノコト、という言葉は聞きなれませんが、これは一言でいうとなんでしょうか?

 アエとは古く食べ物を指す言葉、コトとは小さい単位のマツリゴト。本物の食べ物を食べて、命を活かし、食べ物への感謝、 一緒に食べてくれる人たちとの時間を共有し、節供を楽しむ会です。

―アエノコトをはじめようと思ったきっかけはなんでしょうか。

 携帯でのやりとりが中心となるバーチャルなネットワークが台頭しはじめ、リアルな、本当に信頼できる人たちとのネットワークを作っていく必要性を感じたのが二〇〇二年頃です。それから色々な催しを試み、いきついたのが今行っているアエノコトのスタイルでした。昔の日本人の生活に寄り添ったところで、ひとりひとりが軸足をちゃんと地面につけて生きられるような交流の場、それぞれの意識の中でなんとなくここに来ると安心感があるというような場を作りたいと思ったのです。神楽サロンで開催するようになったのは、二〇〇九年の冬至からです。次回の「重陽」の会でそれ以前までの会も含め、四十九回目を数えます。(※2014年9月取材時)

―アエノコトでは毎回、雅楽の演奏が入りますね。

 古来の音楽はすべて神事に関係していたといわれています。私たちのアエノコトも「本質的なマツリゴト」ですのでとにかく「本物」の音を取り入れなければと思ったのです。 人間は実は視覚よりも聴覚に影響を受ける度合いが大きいと言われています。今の日常に溢れている電子音の中で暮らしていると、本能的に不安感が増幅してくるそうです。それを払拭するために、自然界の音とつなげたいと思いました。雅楽の音は古代の人たちが自然界の四季の全ての音を模倣して作った音です。ですから自然界と同じように、始まりも終わりもありません。たまたまそこに身を置いた時に聞こえる音に出会うという感覚で雅楽の音も楽しんでもらえれば、頭ではわからなくても体で四季を感じ取れるようになるのではないかと思っています。

―まつりには深い意味がありそうですが、まつりの本来の意味とは何でしょうか?

 まず、まつりの語源は“神様を待つこと”、すなわち「神待ち」です。そして、神様を待つ「まつり」の形は表面的にはいろいろあります。二十年に一度の神遷しのまつりから、年に一度の大祭、そして日々の家事=家祀りまで。でもまつり本来の意味に立ち返れば、その本質は一つであり、いつでも神様を迎え入れられる心と環境を整え、常に何が起きても大丈夫という状態を作っておくことにあるのです。そして、アエノコトを通して提案したいと思っているのが、正に「日々のマツリゴト」の大切さを再認識し、その作法を日本人が思い出す、ということです。

―日々の家事が、マツリであるというのは現代人にとっては逆に新鮮ですね。

 神様を待つのに必要なのは、お掃除と料理と斎戒、つまり自らの心構えです。だから、毎日家の「マツリ」をするのは女の仕事。いつ誰が家に来てもいい状態にしておく。家をきちんと整えておくということは家に隙がない、ということです。隅々にまで「気が働いている」ので魔が入らない。要するに、家を整えることで「安心感」という形で、心の中にも魔が入らない状態を作るというのが家人の女性の役割として最も重要な事だったのです。
だから日常においても「家祀り」という「マツリゴト」は本来毎日すべきことだったわけです。
このように、「マツリ」というのは宗教的な感覚ではなく、むしろ「心構え」だと思います。掃除をして、料理をして、家族が美味しいものを食べて、体が整って、いつ人が来ても、「どうぞよく来てくださいました」と迎えられる。そこで新しい情報が入ってきて心が活性化していく。それがまつりごと、気構えです。ひとりひとりの心が整えば社会が整う。家庭の中が整えば、社会が整っていく。日々の生活によい循環を生み出す古くて新しい作法と考えています。

―最後にアエノコトで提唱されている「伝統の日常つかい」について教えてください。

 これからを生きる日本人として、日本のことをよく知ることが大切だと思うのです。そこでその近道として、より多くの方に伝統を身近に感じて貰いたいと思っています。それは「職人の技術」を守り、技術を担う自然を守り、回り回って自らの生活を守るという循環だと思います。伝統の大切さを知って貰うきっかけになればと思い、そうした活動を続けています。

まつり…まず、「まつ」というのは、常に何が起きても大丈夫という状態を作っておくことで、まつりの語源は「神待ち」です。神様を待つ。神様を待つのに必要なのは、お掃除と料理と斎戒、つまり自らの心構えです。だから、毎日家の「マツリ」をするのは女の仕事。いつ誰が家に来てもいい状態にしておく。いつお客さんがきてもうちは大丈夫ですと。家をきちんと整えておくということは家に隙がないと考えます。隅々にまで「気が働いている」ので魔が入らない、と。要するに、家を整えることで「安心感」という心の中にも魔が入らない状態を作るというのが家人の女性の役割として最も重要な事だったのです。だから日常においても「家祀り」という「マツリゴト」は本来毎日すべきことだったわけです。「マツリ」というのは宗教的な感覚ではなくて心構えです。掃除をして、料理をして、家族が美味しいものを食べて、体が整って、いつ人が来ても、「どうぞよく来てくださいました」と迎えられる。そこで新しい情報が入ってきて心が活性化していく。それがまつりごと、気構えです。ひとりひとりの心が整えば社会が整う。家庭の中が整えば、社会が整っていく。家庭の中でお父さんの悪口を言ったりしているお母さんがいるのが一番問題で、それは子供に、あなたの半分は否定ですよと言っているようなものですね。だからどんなことがあっても、父親の悪口を言っちゃいけない、母親の悪口を言っちゃいけない。それが全部まつりの中にあります。
神道などにみる日本の信仰というのは型で伝えていくので、型を読み解いていくと「なるほどな」とおもうことがいっぱいあるけれども、あんまりうるさくなるから説教じみたことを言わない。それが日本人でした。あまり説明しないけれど、型が美しい、しきたりがしっかりしたものがここにあると、なんか落ち着くと、それをずっとつなげていく。それを一人ひとりが気付く。この世ってほとんど気のせいです。同じものを見ていても、心が素直な人ほどそのままうけとれるし、歪んだ人は歪んで受け取るように、同じものをみても受け取り方が変わりますよね。それなら楽しくきれいな美しいものとして受け入れたほうが、自分の心のためにはいいわけです。そういう状態を作って活性化していくのが「まつり」なのです。
神楽サロン:http://www.kagurasalon.com/

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